祝グラミー賞3部門受賞!                       アラバマ・シェイクス            Alabama Shakes

この時期に毎年選出されるグラミー賞。「レコード・オブ・ザ・イヤー」から始まって各音楽ジャンル(これがかなり細かい。ルーツ・ミュージックとか、アメリカーナとかアメリカン・ルーツ・ソングとか)と映画、音楽ビデオなんかも含め83ものカテゴリーがあるからとても幅広いものなんだけど、アメリカーナもそうだけど、なじみがなくどういう定義かよくわからないカテゴリーもたくさんある。小澤征爾がオペラ録音部門で『ラヴェル:歌劇《こどもと魔法》』がノミネート8回目で、かつ今まではすべて海外での録音だったが、今回はサイトウ・キネン・フェスティバル松本(2015年にセイジ・オザワ松本フェスティバルに改称)でのまつもと市民芸術館での日本発の録音で初の受賞。食道がんの手術から復帰してすぐの公演だったし、長年地元を挙げて小澤征爾とサイトウ・キネンをサポートしてきた松本市や周辺のみなさんは特に感慨深いものがあるだろうね。小澤征爾が約30年も音楽監督をつとめてきたボストン交響楽団がレジデント・オーケストラのタングルウッド音楽祭のように、松本がジャズ・ポピュラー音楽を含めて広く音楽に親しむことができる音楽の祝祭空間の土地になってほしいね。アメリカのニューイングランド(ニューヨークから北東の各州)の夏の風物詩になっているよね。

本題に戻ろう。

ベスト・ロック・パフォーマンス及びベスト・ロック・ソングでアラバマ・シェイクスAlabama ShakesのDon’t Wanna Fight(ブリちゃーん、最高!)。ベスト・オルタナティブ・ミュージック・アルバムはこの曲を含むサウンド&カラーSound & Colorが受賞。2012年10月にアラバマ州タスカルーサでニール・ヤングが40年ぶりという公演をした際の前座を務めたことをニュースで知って、おお、面白いやつらだなと思っていて(その直前の8月にニール・ヤングはクレージー・ホースとのしばらくぶりのツアーのこけら落としをコロラド州デンバーで行った際の前座にアラバマ・シェイクスをピックし、この時は3回目だったのは後で知った)、ファーストアルバムをアマゾンで仕入れ、はまっていて、直後の2013年1月の初来日のときに恵比寿のリキッドルームに聴きに行って大満足だった。祝グラミー3部門受賞!

Don’t Wanna Fightの音源は著作権上YouTubeでは見られない(アップしては削除されての繰り返し)からこれをみてください。

タスカルーサって街はアラバマがフランス・スペインの領土からアメリカの州になってしばらく州都だった、由緒正しいところ。現在のアメリカ50州は買収(ルイジアナ州とアラスカ州)や戦争の結果やらでだんだん現在の姿になったもの。アラスカとハワイはつい半世紀前の1959年に正式に州になった。で、タスカルーサにはJVC(日本ビクター)の磁気ディスクの工場があったよな、たしか・・・と調べたら2年前に売却して今は現地資本になっている。80年代後半にジャパン・アズ・ナンバーワンとおだてられた日本企業が我先に生産拠点を「労賃の安く、労組問題もない」南部諸州に置くということで、当時ゼネコンの米国法人に勤務していたこのぼくも、アトランタ、メンフィス、チャタヌーガあたりに仕事に行っていたのでした。各州の経済開発部門が日本企業に対して誘致活動をしていたのでそういうツアーにも参加させてもらって視察をさせてもらったこともある。アラバマ州の北のテネシー州は視察もあり実際にプロジェクトも受注したので、5、6回は出張し、パパブッシュ大統領時代の小泉首相のプレスリー詣でで有名になった旧プレスリー邸グレースランドにも行ったし、140年前から続くと言われている「カモの行進」で有名な老舗ホテルThe Peabodyにも泊まったし、週末にメンフィスからミシシッピ州ジャクソンまでドライブしてディープサウスの雰囲気を味わったりしていた。このあたりの南部はドライ・カウンティ(酒類の購入が曜日・場所で制限されている郡)があり、特に日曜の販売は禁止)が結構あるので、外で買ってホテルの冷蔵庫に入れてテレビの野球中継を見ながら飲むという、普通の欧州の都市(プラス、アメリカのニューヨークや西海岸の都市)でできることができなかったなあ。そういうときに限って、なおさら飲みたくなるんだよねビールは。ポテトチップスで。体に悪いけど。

Peabody Ducks(ピーボディ・ホテルの名物カモの行進)

また、思い出しちゃったけれど、ビクターはアラバマ、今は亡き三洋電機はアーカンソー州だったなあ。ビル・クリントンが州知事だった時代に、三洋がそもそもの進出のきっかけとなったシアーズブランドのテレビ製造(相手先ブランドによるOEM生産)についてシアーズから取引を切られるということになりアーカンソー東部の工場の閉鎖を検討していた際に、クリントン州知事がアーカンソー生まれの成長小売業者ウォルマートを紹介し、三洋はその後のウォルマートの急成長に乗ってSanyoブランドのテレビやVCRを拡販できた。Sanyoはぼくが住んでいた時代のアメリカでは人気だったな。昔話でした。

なお、タスカルーサにはメルセデス・ベンツの工場があって、生産規模を拡大していて2016年も13億ドルの投資をすると伝えられているから南部での自動車生産の一大拠点になるんだろうね。

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